浜松のサルサシーンをバックアップしているSALSA CON SABOR。イベント運営やレッスンなど。運営の裏話やいろんなイベント紹介をしていきます。


by hsalsa
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カテゴリ:ルンベーロの日記( 24 )

 先日、シルヴィ・ギエムの”ボレロ”を観に行ってきました。後ろから数列目であったにもかかわらずチケット代がなんと\6000もしました。知らない方に説明しますとシルヴィ・ギエムは何十年に一人と言われているスーパー・ダンサーです。ワタクシも前々からその高名は聞いていましたが、今まで観る機会に恵まれませんでした。
 今回はギエムの単独の公演ではなく東京バレエ団との同時公演で演目が5個ほどありました。最初の東京バレエ団の公演もプロの訓練されたダンサー達によるものですから当然すばらしいものでした。が、3番目の演目でギエムが登場し、踊り始めた瞬間、ワタクシは全身に鳥肌が立つような感覚を覚えました。”戦慄”、と言ってもいいでしょう。うまく言葉で表現できないんですが、ギエムの身体が描いたものが”そこに元々表現されるために存在したもの”として認識させられるような感覚でした。残念なのは\15000払って一番良い席で観なかったことです。
 余談ですが、当日ワタクシは細身のストライプの入ったクールなスーツでドレス・アップしてホテルのバーで一杯飲んでからバレエを観るという、とってもオシャレでアダルトなコースをしました。が、公演終了後パンツのジッパーがずっと開いたままになっていたのに気付き、さり気なく閉めたのを一緒に行った彼女は知る由もありませんでした。メデタシ、メデタシ。
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by hsalsa | 2005-12-09 14:31 | ルンベーロの日記
 さて今回はワタクシが今まで観たダンス映画の中で思い入れのあるものに関して書いてみようかな、と思います。
 
 ”KYOKO"
 村上龍監督、高岡早紀主演の映画です。この映画を観たのはまだワタクシがウブな大学生の頃です。当時既にキューバ音楽にはハマッていて日々部屋に引きこもってロス・バンバンやらエネヘ・ラ・バンダなんかを大音量で聞いていた時期でした。ある日ワタクシの部屋に遊びに来た友達がそんなワタクシを見て戦慄を覚え、周りの別の友達に”最近アイツは変な宗教にはまっているらしい”と言いふらしたおかげで一時期友達から距離を置かれた悲しい思い出があります・・・。そんな時期出会ったのがこの”KYOKO"でした。ま、内容から言いますとホント大層なモノじゃございやせん。が、部屋に引きこもって耳にヘッドフォンを当てながら大音量でキューバ音楽を聴いて感涙にむせいでいたワタクシに”その音楽はそうやって楽しむものじゃあないんだよ、ボク”と年上のお姉さまのように優しく諭してくれたのはこの映画です。ワタクシに踊るキッカケを作ってくれた、と言っても過言じゃあないでしょう。そういう意味でも過剰に思い入れがあるのは確かです。
 この映画のウリはなんと言っても全編に渡って流れるキューバの音楽でしょう。個人的には高岡早紀のファッションの雰囲気なんかもヒジョーに影響を受けました。が、ワタクシに最も強烈な衝撃を与えたのは最後のエネヘ・ラ・バンダのコンサートで踊るキューバ人達です。強烈なビートで思い思いに体を遊ばせるそのダンス ー そこにワタクシは偽りのない”リアルなもの”を見ました。こんなことしてる場合じゃない、と何かに急き立てられるような感じになったのを覚えてます。
 "KYOKO"は大きなレンタルビデオ屋に行けば置いてあると思います。気が向いたら観てみてください。
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by hsalsa | 2005-11-20 14:31 | ルンベーロの日記
 一週間近く経った今でも未だに社会生活に適応しきれていません。ふとした瞬間に耳の奥の方で”あの音の断片”が鳴響いてワタクシを困惑させます。
 行ってきました、8月10日東京の新木場で行われたロス・バンバンのコンサートに。知らない方に説明しますとロス・バンバンはキューバで30年以上に渡ってトップを走ってきたバンドです。CD紹介でも登場しているんでそちらも見てみてください。ワタクシのキューバ旅行の際にはバンバンが海外公演に行っていたため見ることができませんでした・・。その分今回の来日公演に当たって並々ならぬ意気込みを持っていました。公演一週間ほど前から心拍数が多くなってるような気さえしたほどです・・。
 当日。生まれて初めて好きな女のコとデートする中学生のように落ち着きのないワタクシは会場に入り、ビールとカクテルを1杯ずつ飲んで抜かりなくテンションを上げロス・バンバンの登場を待ちました。会場はかなり大きめのクラブでしたが人で埋め尽くされておりました。そしてその瞬間。”きゃぁぁぁー”ワタクシはジャニーズの追っかけの女のコのような黄色い嬌声をあげ内股でなんどもピョコピョコ跳ねてしまいました。普段だったら直後
にそんな自分を恥ずかしく思って顔を赤らめながら周囲をキョロキョロ見回すところですがこのときはそんなことを微塵も思いませんでした。(ちなみに言っておきますがロス・バンバンは中年のオッサン集団です・・。)そこから2時間は”アチラの世界”にトリップしてきました。ワタクシにとってロス・バンバンの生音は強力なドラッグのようなモノでした。途中、疲れた顔で帰っていくヒトを何人か見ました。キューバの音楽を浴びる、ということは肉体的にもそして精神的にもタフさが要求されるような気がします、そしてもちろん感性も。
 ライブの後、セツナイ気分になりましたねえ・・。祭りの後みたいな感じでした。しっかし、やっぱりライブはいいです。機会があったらぜひ行ってみてください。
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by hsalsa | 2005-08-15 14:36 | ルンベーロの日記
 「DJをやっていてこの世界から存在を消し去りたくなるような瞬間」
 
 その日は順調にコトが進んでおりました。お客サマも大勢入っていて、概ねワタクシの選曲でゴキゲンに踊ってくれておりワタクシもそんな皆さまの笑顔を見て幸せを感じていました。こんなときは世界中が自分の味方であるかのような錯覚をしてしまうものです。フロアのテンションもガンガン上がって行き、ワタクシの選曲の手もスムーズに動き、フロアのテンションは今まさに絶頂を迎えようとしておりました。ワタクシは”ここが勝負時だな。”と判断し、帽子をクールに被り直すと渾身の力を込めた一曲をフロアに届けるためにCDを入れ再生のボタンを押しました。その瞬間ワタクシは自分を”サルサの神様から特別な啓示を受けた伝道者”であるかのようなに感じておりました。”キマッタな” ー 口元にニヒルな笑いを漂わせながらゆっくりと顔を上げ、フロアに一瞥を送りました。そこでワタクシを待っていたのは干潮を迎えようとしている人気のない冬の海辺のような光景でした。フロアからヒトが”サァー”と引き、つい数秒までの熱狂が夢幻(ゆめまぼろし)の如く消え去りました・・。ワタクシはフロアに向けた視線を”ササッ”と戻し、下を向いてヘッドホンを耳に当てながら”次何選曲しよっかなあ~♪”と周りにわざと聞こえるようなトーンで独り言を言いました。自意識過剰気味なワタクシはフロアから突き刺さるような無数の視線が自分に向けられているような気分になり、”あのハゲDJ、ほんとサムい選曲するよな。”という舌打ち交じりの声すら聞こえてきました(もちろん幻聴です。)この瞬間、ワタクシは”いやぁ~”という叫び声を上げてその場に屈み込みたくなる衝動と必死に戦いました・・。

 と、いうわけで選曲でたまにハズシても暖かい気持ちで見守ってください。
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by hsalsa | 2005-07-09 14:33 | ルンベーロの日記
 さて道で偶然会ったオッサンとルンバを観に行くことになったワタクシですが、ここで”ルンバ”について多少書いておきます。一般に”ルンバ”、と聞くと社交ダンスで踊られている優雅なものを想像される方もいるとは思いますが、どっこい本場のキューバのルンバはそれとは全く異なるものです。アフリカの影響を強く持ち、パーカッションがギンギンにきいたファンキーな音楽です。ま、当時のワタクシはCDでしかルンバを聞いたことがなく村上龍監督の映画”KYOKO”の中で主演の高岡早紀がルンバ・コルンビアを踊っている(本物のルンバ・コルンビアには程遠いモノでしたが・・)のを見て以来、ルンバはなんか分からないが凄まじい音楽らしいぞ、という印象を持っていた程度でしたが・・。
 さてオッサンと安物のラムを飲みながらしたたか酔い始めた頃、太鼓が鳴り響きました。それに呼応して周囲になんとも表現できないような空気が立ち込めました。”んわぁぁ!!”音にするとそんな感じで、ただでさえ暑くて湿度の高いキューバにあって、最初のパーカッションが鳴り響いた後のコンマ何秒の間にその場所だけさらに温度と湿度がグンと高くなったような感覚でした。そこからは熱狂のヒトトキでした。東京の朝の満員電車の中のような人ごみの中で、立ち込める汗、照りつける強烈な太陽、安物のラムのニオイ、色々なヒトの体臭、そして強烈な太鼓のビート・・。その中でベロベロに酔っぱらいながらもワタクシは感動していました。”ああ、これがキューバのルンバ、音楽なのか!”と。そこにはただ”熱狂”とそれによってもたらされる高純度の”快感”だけが存在していました。今になって冷静に考えるとワタクシがなんで飽きもせずに踊り続けているか、を考えますと”アノ熱狂”を追い求めているような気がします。
 
 あ、ちなみにこのときキューバのヒネテーラに”1ドルくれ”と言われて”嫌だ”と答えたら”Tu,feo(お前、ブサイク)”と言われたのを未だに根に持っている小さな自分も今再発見しました。
 
 では、また。
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by hsalsa | 2005-07-02 14:33 | ルンベーロの日記
 キューバでの生活にも慣れてきた、とある日。天気が良かったので街に散歩に出ることにしました。軽快に歩きながら口ずさんだ”お魚くわえたドラ猫~ おぉかけぇて~ 裸足で~ 駆けてく~ 愉快なサザエさん♪”と微妙に音程のズれた鼻歌が晴れたキューバの午後の雰囲気に不思議にマッチしておりました。と、そんな風にゴキゲンに歩くワタクシの行く手をさえぎる黒い影が・・。 ー”Hola,Amigo”ーダミ声で投げかけられたその声は地獄からの使者のモノのように思えました。そこにいたのは地球征服を目論む悪の軍団ショッカーの・・ではなくただの飲んだくれのオッサンでした。”近くでルンバのパーティーがあるから一緒に行って楽しもうぜ、アミーゴ”ということでした。”このオッサン、ワタクシに奢ってもらってタダ酒飲もうとしてしてるな”、というのがミエミエでしたが丁度暇でしたし、なにより本場のルンバをゼヒ見たかったのでオッサンの誘いに乗ることにしました。
 ー数分後、ルンバの会場ー。肩を組みながら開始を待つ奇妙な二人組が・・。アル中気味のオッサンと国籍年齢不詳の若い男。手には会場で売っていた安物のラム酒。すっかり出来上がっている様子。数分前に出会ったとは思えないほどの意気投合ぶり・・。もちろんワタクシと例のオッサンです。しっかし、ここで売ってたラムはなんとも言えないものでした。戦後の闇市で売られていたアルコールは多分あんなものじゃないか、と思えるようなシロモノでした。
 
 次回に続く。
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by hsalsa | 2005-04-20 14:38 | ルンベーロの日記
 1年半ぶりになりますが”外伝”を書きたいと思います。
高校生の頃モダン・ジャズで洗礼を受けたワタクシはあえなく大学受験に失敗し、名古屋で浪人生活をすることになりました。某予備校の寮に入ったんですがユニット・バスと6畳ほどの部屋にベッドと机と申し訳程度に備え付けられた冷蔵庫があるだけの白塗りの無機質の部屋で、まるで刑務所か精神病棟の独房を思わせる造りでした。入寮当時ここの予備校生の間で”去年寮の学生の中で気が狂って自殺したヤツがいるみたいよ”という噂がまことしやかに囁かれていました。
 ワタクシの部屋の空間を満たしていたのはチャリー・パーカーのアルト・サックスやバッド・パウエルのピアノで、それはカタギのヒトが聞いたら騒音としか聞こえないようなシロモノでした。勉強の合間にこれらの音楽で魂を打ち震わせていました。その当時の自分の置かれた状況とジャズの空気感がなんともいえずマッチしており、ますます暗い気分になることもありました。まあ、こういう感覚を持つのは屈折した一部の人間だけだと思うんですが、その”暗さ”にある種の心地よさみたいなものを感じていたような気がします、今考えると・・。
 そんなある日一冊の本に出会いました。ー村上龍の”新世界のビート”ー。キューバ音楽を紹介したものでしたが、これを読んで早速ロス・バンバンとオルケスタ・アラゴンのCDを買ってきました。ラジカセにCDを入れ再生のボタンを押すと、ワタクシは衝撃を受けました。”なんて美しく、そして強い音楽なんだろう”-魔女っ子メグちゃんに魔法をかけられたみたいにそれまでの暗い世界が違って見えました。これがワタクシとキューバ音楽との出会いでした。そもそもこれが新たな過ちの始まりになるとはこの当時は知る由もありませんでした(笑)。
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by hsalsa | 2004-10-16 14:35 | ルンベーロの日記
 今度の10月23日のパーティーにワタクシに最初にサルサを教えてくれたイバン・サルディーニャス・ゴメスが来ます。ワタクシにとっては非常に感慨深いことです。
 思えば6年前偶然イバンに出会い(詳細はルンベーロ・ヒストリーを見てください)サルサを教えてもらいました。当時大学生で金もなく、京都から大阪に週2回休まずレッスンに通っていたワタクシを特別にかわいがってくれて無料でレッスンを受けさせてくれたり、家に泊めてくれたりしてくれたことは絶対に忘れられません。今、ワタクシはクラシック・バレエ、アフリカン・ダンス、ヒップ・ホップetc.と色々なダンスを踊っていますが、どんなダンスを踊っているときもイバンから教えてもらった”踊りの本質”みたいなことを片時も忘れたことはありません。イバン本人は口に出して”踊りとは・・”みたいなことを語ったことはないんですが、その踊り(ヘビーな言い方をすれば生き方)はワタクシのココロにある種の”テツガク”みたいなモノを刷り込んでくれました。”踊りを楽しむこと、そして人生を楽しむこと”-シンプルですが非常に強いメッセージでした。
 レッスンをやってくれるのでゼヒ受けてください。何か感じるものがあったらワタクシとしてもヒジョーに嬉しいです。
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by hsalsa | 2004-10-15 14:35 | ルンベーロの日記
 今回はハバナ大学でのスペイン語のクラスについてお話します。案外キューバに来ている外国人は多いらしくてその顔ぶれも多種多様でした。アメリカ人、ノルウェー人、ドイツ人、スイス人etc.と国籍もバラエティーに富んでいましたが、年齢も20歳~60歳ぐらい(!)と幅広かったのが印象的でした。
 この当時のワタクシのスペイン語のレベルは読者の想像をはるかに超越していました、冗談ではなく・・。クラスでのワタクシの位置付けをあえてするなら”のび太くん”でした。英語圏とかヨーロッパの言語圏のヒト達にとってはかなり易しいレベルのクラスだったんですが(母国語がスペイン語に非常に似ているため)、”のび太くん”には何を言っているのか全く”?”で、ドラエもんにすがりつきたくなりました。泣きそうになりながらも授業をやり過ごすと、隣のクラスにいた日本人の知り合いとヤンキー座りをして”Popular”(キューバの煙草)をフカシながら”そりゃーいいよな、あいつらはよお、替え歌歌ってるようなもんだからさあ。”と落第生同士ぼやいて傷をなめ合ったもんです。ワタクシ達は不意に”もう学校や家には帰りたくなぁーい~♪”(”15の夜”by尾崎豊)と歌いたい衝動に襲われたのを憶えています。
 が、まあ、この時期にはある種色々なことに関して開き直っていたので毎日胃が痛くなりながらも授業に行きました。それでも毎日スペイン語しか使わなかったので2週間後にはそれなりに授業に付いていけるようになりました。この”のび太くん”になった感覚を2度と味わいたくない、と思っていたんですが後にまた経験することになりました。しかも2回も・・。クラシック・バレエを始めたときと、パーカッションを習い始めたときに・・。まあ、今考えてみるとこういうシンドイ経験も次のゴキゲンなステージに移るときのある種の”洗礼”みたいなもんですねえ。やっぱ本当に楽しいことを経験したいなら、それなりにシンドイこともありますわ。
 と、まあ、今回はここまでにします。
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by hsalsa | 2004-10-15 13:36 | ルンベーロの日記
 さてご馳走をたらふく平らげてゴキゲンなワタクシはイバンから預かっていた手紙があることを思い出し、腹巻(パスポートとかカードとかの大事な物はここに入れて肌身離さず持ち歩いていましたので)をゴソゴソまさぐり手紙を取り出すと、その様子を”?”という様子で見ていたイバンのお母さんに渡しました。嬉しそうな様子でそれを受け取ったお母さんは丁寧に封を開け一字一句飲み込むような感じで読み始めました。しばらくすると、お母さんの目に涙が溢れ、嗚咽が口からこぼれました。その声は晴れた穏やかな午後には不釣合いだっただけに余計にワタクシの耳に、痛々しくそして悲しげに届きました。”イバンはいつもあなたのこと、家族のことを気に掛けている。”とタドタドシイスペイン語で語りかけ、肩を抱いてあげることしかワタクシにはできませんでした。そうしながら、日本にいる自分自身の両親を思い出し複雑な気持ちになりました・・。
 さて、なんやかんやでイバンの家族と別れ、ホテルに戻ったときのワタクシは朝ホテルに出る前のワタクシとは別人のように力がみなぎっていました。その日のうちにハバナ大学の外国人のスペイン語のクラスの申し込みを済ませ、そして先日会ったウーパー・ルーパーに似たおばちゃんに宿に泊まる旨を電話で伝えました。スペイン語でコミュニケーションがなかなか取れずシンドかったにもかかわらず、そのときのワタクシはタフでした。”スペイン語が話せない?知り合いがいない?ーだからどうした!”っていうようなある種の開き直りの境地に達したような気がします。では今回はここまで。Hasta pronto.
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by hsalsa | 2004-08-15 14:37 | ルンベーロの日記