ルンベーロ・ヒストリー ~いざキューバへ その3~
2004年 06月 18日
さて、前回から時計の針を少し戻してキューバへの出発の日の朝のことです。前夜、家族と”最後の晩餐”を過ごし、心配そうな母親の視線を背中に感じながらも、”ちょっと行ってくらあ”と寅さん並に粋な調子で出発したワタクシですが、いざ一人になって新幹線に乗り込むと、いいようのない不安と期待感のないまぜになった、誰もがこういうときに感じるであろう感覚に捕らえられました。それは胸が押しつぶされそうになるんですが、ものすごいエキサイティングな感覚でした。
さて東京に着き、階段の多い地下鉄をやるせないほど大きなスーツ・ケースをゴロゴロと引きずりながら何とか成田空港エクスプレスに乗り込み搭乗ゲートの前に立ちました。ここからがワタクシの旅の苦難の始まりでした。自意識過剰気味のワタクシは手馴れた旅行者を演じようと思い、航空券を汗ばんだ手で握りしめながら、どうやって搭乗手続きをするのかをクールを装いながら横目でチラチラと観察しました。その甲斐あってコトはスムーズに進んだんですが、やっぱり落とし穴が最後に待っていました。それは最後の金属探知機かなにかを使った荷物検査のときでした。荷物を通過させればいいだけなのに、そういうシステムがあること自体知らなかったワタクシはここで荷物を預けるものだと勘違いして、”ここで荷物を預けたらどこで受け取るんだろう、そういえば「地球の歩き方」にも荷物はよく盗まれるから注意するように書いてあったしなあ・・”とかいらない心配をし、青ざめてその場に凍りついてしまいました。その気配を察した係員は”大丈夫ですよお”とインフルエンザの注射を嫌がる幼稚園児を諭すときの先生のような優しい口調でワタクシを促し、無事それを済ませました。そこを通り過ぎるとき自分の中で作り上げた”手馴れたクールな旅行者像”は音を立てて崩れ去り、通路のガラスに映った自分の姿はまるで”都落ちをする平家の落ち武者”のように見えました。自分でもそれとわかるような大きなため息をつき、背中を丸めながらトボトボと歩きながら搭乗口に向かい、この先を考え憂鬱になったのを覚えています。
さて東京に着き、階段の多い地下鉄をやるせないほど大きなスーツ・ケースをゴロゴロと引きずりながら何とか成田空港エクスプレスに乗り込み搭乗ゲートの前に立ちました。ここからがワタクシの旅の苦難の始まりでした。自意識過剰気味のワタクシは手馴れた旅行者を演じようと思い、航空券を汗ばんだ手で握りしめながら、どうやって搭乗手続きをするのかをクールを装いながら横目でチラチラと観察しました。その甲斐あってコトはスムーズに進んだんですが、やっぱり落とし穴が最後に待っていました。それは最後の金属探知機かなにかを使った荷物検査のときでした。荷物を通過させればいいだけなのに、そういうシステムがあること自体知らなかったワタクシはここで荷物を預けるものだと勘違いして、”ここで荷物を預けたらどこで受け取るんだろう、そういえば「地球の歩き方」にも荷物はよく盗まれるから注意するように書いてあったしなあ・・”とかいらない心配をし、青ざめてその場に凍りついてしまいました。その気配を察した係員は”大丈夫ですよお”とインフルエンザの注射を嫌がる幼稚園児を諭すときの先生のような優しい口調でワタクシを促し、無事それを済ませました。そこを通り過ぎるとき自分の中で作り上げた”手馴れたクールな旅行者像”は音を立てて崩れ去り、通路のガラスに映った自分の姿はまるで”都落ちをする平家の落ち武者”のように見えました。自分でもそれとわかるような大きなため息をつき、背中を丸めながらトボトボと歩きながら搭乗口に向かい、この先を考え憂鬱になったのを覚えています。
by hsalsa
| 2004-06-18 14:42
| ルンベーロの日記